
役割分担を徹底させるアメリカ人
アメリカ人と交渉したことのある日本人ならば、一度はこの経験があるだろう。会議室に入ると、相手側には参加者がまだ一人か二人しかいない。それならば、と相手の他のチームメンバーを待つことにする。しかし、結局は誰も来なくて、実は相手側には他の参加者はいなかった、という経験だ。アメリカ人はなぜこのような少ない人数で交渉するのだろう。
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一つの理由は、アメリカの会社では、一人または少数の人間が会社を代表する権力を持ち、稟議書、代表取締役の承諾等を得ずに契約の締結ができるケースが多いことである(この点は他の投稿で詳しく触れるつもりである)。しかし、もう一つの最も根本的な理由がある。それは、役割分担を徹底させるアメリカのビジネス・カルチャーが背景となっている。
新しいプロジェクトに突入すると、アメリカ人は責任と仕事の内容をきっちり切り分けるのが好きだ。
新しいプロジェクトに突入すると、アメリカ人は責任と仕事の内容をきっちり切り分けるのが好きだ。担当の企業内弁護士は法律に関する問題にほぼ全て一人で取り組んだり、会計に関する質問は全て会計部の窓口が答えるのが普通である。勿論、プロジェクトが効率的に進むには、ある程度チーム全体の共通な意識が必要とはアメリカ人も認識しているが、日本の一般的なやり方(プロジェクトに関わる全員が全てを把握しているべきと考えるやり方)と比べると、やはりその必要性は強調されていない。
この役割分担の考え方から生まれる特に目立つ違いの一例は、ミーティングの参加・不参加だろう。アメリカでは、プロジェクトの一環ではあっても、自分の担当課題と直接に関係していないミーティングには参加しないことが普通な企業が多くある。例えば、契約の条件に関するミーティングには、法務部の一、二人しか参加しない、ということが普通に見受けられる。そして、そのミーティングの結果で問題が生じた場合は、ミーテイングの参加者の責任になるとの考え方も一般的である。
つまり、アメリカでは自分の専門分野・任された担当分野に関しては自己責任で判断し決定権を行使することが仕事であると考えられているのだ。
つまり、(あくまでも一般論としてだが)プロジェクトに関わるメンバー全員のコンセンサスに基づき責任を共同で担うことよりも、自分の専門分野・任された担当分野に関しては自己責任で判断し決定権を行使することが仕事であると考えられているのだ。アメリカのビジネスリーダーについて、「decisive」(決断力があること)は褒め言葉としてよく使われている。
この考え方を頭の片隅に置いておくと、交渉の場でアメリカ人相手に、より良い対応をすることが出来るだろう。
このようなアメリカ人の考え方は、どの場面で交渉の強みになるのか
上記のように役割を分担するアメリカの企業は、多岐の分野に渡る交渉をより迅速に進めることができる。なぜなら、営業・戦略・会計・法律の問題点を順にそれぞれピックアップして交渉するより、分野ごとの問題点について同時に取り組むことが可能になるからだ。そのため、数人の相手候補者と同時進行すること、又は特定の相手候補者と迅速に交渉を進めること等が可能になる。その柔軟性により、取引の選択肢が多くなり、交渉の場面で選択肢がより多いプレーヤーは勿論力を持つことになるのだ。
では、いかに上記理論を取り込んでいくのか
役割分担を徹底させたアメリカ企業の代表者は交渉の場で多勢に無勢になることが多く、交渉の両サイドにとってこれは戦略的にも心理的にも望ましくないことである。
人数が少ない方は自然な反応として自己防衛的なスタンスを取りがちであり、交渉が協力的な問題解決から攻防戦に変わる危険性が高まる。
なぜなら、人数が少ない方は自然な反応として自己防衛的なスタンスを取りがちであり、交渉が協力的な問題解決から攻防戦に変わる危険性が高まるからだ。交渉の経験があるビジネスパーソンならば既に心得ている術ではあろうが、交渉の場では協力的な雰囲気を保てば保つほど速やかなプロセスが可能となる。
それでは、上記のようなアメリカ企業の文化や交渉場面で陥りがちな問題点を知った上で、活かせる技術は何か。
人数の多い方は自然に有利な立場につくことが出来る。
この場合で特に重要なのは、相手の自己防衛行為や攻防戦等に反応せず、丁寧且つ冷静なマナーを守りながら、自分側のより多くのチームメンバーの協力で自分の提案の合理性を強調することだ。協力的な雰囲気の中では、人数の多い方は自然に有利な立場につくことが出来る。相手側の柔軟性や選択肢の多さにとまどうことなく、人数の多さを活かして有利な雰囲気を作り出すことで(例えば、チームメンバー達がそれぞれ提案の補強や賛成意見を述べるなど)、自然に自分側の提案に対する説得力が高まるだろう。
そしてまた、相手側は人数が少ないからプロジェクトに興味がないのだろう、と勘違いしないことも大事である。最も大事なのは、ミーティングの課題について実際に決定権を持つ人が相手側にいるかどうかということだ。直接に確認しても失礼ではないし、もし相手側に決定権を持つ人がいるのであれば、相手の企業はプロジェクトに興味があると、原則として考えてもいいのである。
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アメリカ企業との新規取引が入ったらどう対処すべきだろうか。
ア メリカ人が相手側となって、取引、契約の条件等を交渉する場合、特にどこに気をつけるべきなのか。相手が強い態度を取った場合、その理由は何なのだろう か。交渉の進歩に不満があるのか、只の交渉戦略なのか、又はアメリカ人にとって普通のやり方なのか。そして、どのように文化の違いを乗り越え、望ましい条 件を勝ち取れるのだろうか。国際化が続く日本では、この問題点はさらに重要になっており、国境を越えた交渉を成し遂げるスキルやノウハウは、昨今益々貴重 なものとなってきている。
この連続投稿では、日本在住のアメリカ人コンサルタントが上記の質問に答えていく。ニューヨークと東京での実務経験に基づき、アメリカ人の一般的な交渉方法、考え方、ビジネス文化等を、日本の国際交渉初心者に向けて説明し、対応方法も提案する。国際交渉がフォーカスであり、一般的な交渉技術よりは特にアメリカ人との交渉で必要となる知識にスポットを当てている。